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前へ 「怪談?何でまた冬場に?」 「怪談というのは、怖いお話のことですよね?学校新聞に、怖いお話を?」 お嬢様と茉麻は、そろって右側に首を傾げる。 「本当は、千奈美主導で夏に学校の七不思議を募集する予定だったんです。でも、この子ったら全然動かないんだから!」 「いだだだ!耳引っ張るなぁ!」 雅のやつ、ふだんうちとダラダラ遊んでる時はボケキャラの癖に、年下の子とかいるとお姉ちゃんキャラになるんだから! 「だってさー、うちバドミの大会で結構いいとこまで行ってさー、ちょっと時間なくてさー」 「嘘つけ!熊井ちゃんから聞いてるよー、ちぃ、熊井ちゃんと変なパン試食同好会やってるんだって?ご丁寧にリーフレットまで作って、普及活動頑張ってるらしいじゃん。菅谷さんも入会したんだって?その情熱を、何で新聞部に向けないんじゃい!」 げっ!熊井ちゃんめ。あれは秘密結社だって言ったのにもー、口が軽いんだから! 「・・・みや、前の部長みたいになってきたもんにー」 「何とでも言えっ。部員が尊敬する先輩に似て何が悪い!」 「ウフフフ・・・」 「おーい、いつまで脱線してんの、新聞部!」 私たちのやりとりを、まるで漫才でも見るかのようにわくわくした顔で、お嬢様が見ている。笑ってもらえるのは単純に嬉しいから、私はこのしょうもない漫才をいつまでもやめられなくなってしまう。茉麻がいてくれる時を狙って来てよかった。 「でへへ、ごめんごめん。そうなの、今から全校向けにアンケート取るんじゃ間に合わないからさ、生徒会プレゼンツなら、読者さんたちも喜んでくれると思うし。千聖お嬢様の怖い話とか、超レアじゃない?」 「あら、お役に立てるかわからないですけど、頼っていただけて嬉しいです」 ちょっとほっぺを赤くするその顔を見て、私はこの企画を持ち込んでよかったと思った。 そんなわけで、まずは茉麻から知っている怪談を披露してくれたんだけれど・・・ 「・・・・・・それで、隣のトイレからこんな声が聞こえてきたの。“・・・違う、その“紙”じゃない・・・。私が欲しいのは・・・」 「この髪だああああっ!!!」 「きゃああ!?」 絶叫と同時にお嬢様の髪をわしわしかき混ぜると、本気で驚いたのか、プルプル震えながら私を凝視する。やっぱりワンコだ。 「・・・ちょっとー、ちぃオチ先言わないでよー」 「だってそれ、超定番じゃーん。もっと怖いのないの?」 「わ、私は今のでも十分怖かったわ・・・」 お嬢様の反応は上々だけど、「かみをくれー」なんて誰でも知ってるし、新聞に載せるほどの話じゃない。茉麻のでっかい目を見開いたホラー顔の写真つきなら臨場感アリアリだけど、絶対怒られるし。 「私、あんまり怖い話って得意じゃないんだよねー。みんなが知ってるようなのしかわかんないよー。あんまり濃いの聞くと、夜家の廊下歩くのすら怖くなっちゃうし。いやーん、まーさ困っちゃう!」 「やぁだ茉麻たんたら、オカンの癖に萌えキャラー!かわゆす!」 キャッキャウフフとはしゃぐ私たちを白い目で見つつ、雅が話を進める。 「んー。じゃあ、お嬢様は何か怪談知ってます?あんまりご縁がないかもしれないですけれど・・・」 「怖い・・・そうですね、それでは、むら・・・うちのメイドから聞いたお話ですけれど。」 コホンと可愛い咳払いをして、お嬢様は姿勢を正した。お、これは期待できそう。・・・・だったんだけれど。 「・・・・その折り重なる死体の処理に困った肉屋の主人は、ついに商品のソーセージにその肉」 「無理無理無理!グロはあかん!そんなの載せられません!」 私が両手で×を作ると、お嬢様は少し落ち込んだ顔で「難しいわね」と声を落とした。 「うおおう・・・」 オカルトが苦手な茉麻は、男らしい呻き声を上げて固まっている。凹み中のお嬢様のフォローもできないぐらい、今のグロ怖い話がガツンときてしまったらしい。 「でもお嬢様、私もそのお話知ってますよ。私も、め・・・中学の時の友だちがそういうの好きで、残酷系の話とかいっぱい聞かされたから。たくさんの美女の生き血で美しくなろうとした殺人鬼とか・・・」 「あら、私も知っているわ。それも同じメイドから聞いたの。残酷な殺され方をした女性が、その姿で夜な夜な犯人の夢枕に立ったお話はご存知?」 「あー!それも聞いたことある!残酷好きな人って、話す内容も似るんですねー。中国の拷問話とかマジやめてほしい!」 ――いや、さっきのかみをくれーよりよっぽど怖い話なのに、雅とお嬢様はまるで共通の人から聞いた話題のように盛り上がっている。お嬢様のツボ、よくわからん。落ち込んだままよりはずっと良いけど・・・。 「んー、もうちょっとこう、誰も知らなくて、猟奇的じゃないやつで何かないですかねー。たとえば、お嬢様のお屋敷に伝わる怖い話とか?」 「あ、それは私も興味ある。お嬢様、何かない?寮の話も大歓迎だけど!」 お、茉麻が復活した。自然なタメ語で自然にお嬢様に話しかけていて、さすがママ!と思った。 「お屋敷・・・。そうね・・・では、つい最近のお話ですけれど。」 また、お嬢様はシリアス顔に戻って語り始めた。 “その日は、風がとても強く吹いていた。 午後23時。私は部屋を訪ねてきた明日菜と一緒にいた。普段は“子ども扱いはやめてくださる?”何てすました顔で言うのに、最近は何故か私と一緒にいたがることが多い。 「お姉さま、今日は一緒に寝てくださる?」 「ええ。もちろんよ」 私はここで暮らすのは3年目になるけれど、明日菜はまだお父様やお母様たちが恋しくなってしまうのかもしれない。 あまり姉扱いされない身としては、しっかり者の妹に頼られるのは嬉しいから、栞菜に本日の添い寝キャンセルを申し伝え、二人してベッドに入った。 ガタガタガタ・・・ 「お姉さま、今日はとても風が強いのね」 「そうね。窓が軋んでいるわ」 そう言って、机の前にある大窓に目を向けた。 時間が時間なだけに、外はもうすっかり暗くなっていて、木の枝が風に揺れているのしか見えない。 「一応、鍵がかかっているか確認を・・・あら?」 そう言って体を起こした瞬間だった。木々を私たちの視界から隠すかのように、黒い影がゆっくりと窓の外を横切った。 「・・・あら?」 「・・・今誰か・・・・でも」 ここは、3階なのに。 「お、お姉さま・・・」 「だだだだ、大丈夫よ、明日菜」 とっても怖かったけれど、私は思い切って窓のそばまで歩いていった。そのまま、外を見ないよう目を固く閉じてカーテンを閉めた。 「これで大丈夫よ、明日・・・」 バンッ!バンッ! その時、私の背後で、窓が大きな音を立てた。 「ひっ!」 風に軋む音ではなく、それは、まるで誰かが叩いているような・・・ 「だ・・・誰なの!姿を見せなさい!命令よ!」 私は思い切ってカーテンを開け、窓も全開にした。突風が体を突き刺す。目を凝らして窓の外の左右を確認するけれど、人影は見当たらない。 「・・・不思議ね・・・・」 「お姉さま、寒いわ。今メイドに見回りをお願いするから、窓、お閉めに・・・」 ガシッ 「えっ」 いきなり、右の手首に衝撃が走った。視線を向けると、下から伸びてきた小さくて力強い指が、私を捕らえていた。 暗闇の中で、鉛のように鈍く光る両目が微笑んでいるように、ゆっくり細められていく。 「あ・・・あ・・・・・」 “千聖お嬢様・・・やっと会えたね・・・・” 背後の明日菜の絶叫が、屋敷中に響き渡った・・・・・” 「お・・・おおおおうううおおおう」 「茉麻、しっかりして!」 普段のみんなのママキャラはどこへやら、もはや茉麻は仮死状態に陥っていた。派手顔美人な茉麻が、半白目で呻いているのはなかなかのホラーだ。今の話との相乗効果で、私も自分の全身が鳥肌で覆われているのを感じた。 「こ・・・怖すぎるよ、お嬢様!もう今日窓の外見れないじゃん!」 「あらあら、ウフフ」 私たちの反応に、お嬢様は満足したみたいだ。得意気な顔しちゃって、実は結構Sだな、こんにゃろ! あああ・・・でもマジで怖い。あの大きなお屋敷(舞美の部屋に遊びに行った時に見た!)のことを思い浮かべながら話を聞いたから、すごい臨場感。 「そ、そ、それで、結局その手の正体は?まさか、本当に幽れ・・・」 「あぁ、それはね、ウフフフフフ・・・・栞菜だったの」 「「「えぇ!!!?」」」 栞菜・・・生徒会の有原さんの利発そうな顔を思い浮かべて、私は首をかしげた。 有原さんと言えば、去年転校してきて、その編入テストがほぼ満点というかなりの実力者だったはず。顔も結構可愛いってか美人系で、私が見る限りではおとなしめな雰囲気だったんだけどな。なんていうか、かなり意外。そんなハメをはずすようには・・・ 「ウフフ、栞菜はいつも私のベッドで一緒に寝ているのだけれど、あの日は私が急にキャンセルしてしまったから、寂しくなってしまったそうなの。 それで、縄梯子を使って室内の様子を観察しようとしたみたい。 だけど、とても風が強くて、吹き飛ばされそうになったり、壁に体を打ち付けたり、悲惨な状態になってしまって、それでとっさに私の手を掴んだんですって。もう、めぐ・・・メイドなんて、後で顛末を聞いて激怒していたわ。 あの怒られてる栞菜の顔といったら。ウフフフフ。 でも、栞菜の縄梯子での覗き見は初めてのことではないから。まさかあんな強風の日にまでするとは思わなかったけれど」 「・・・いや、それ、ある意味今までで一番怖い話ですね」 「栞菜ちゃん・・・イメージ変わったわ。そっち系だったとは。真面目で気のきく子だって思ってたんだけど」 これには同じ生徒会の茉麻も、なかなかの衝撃を受けたらしい。 これは有原さんへの追加取材が必要だもんに!ってそんなの今はどうでもいいとして、 「お嬢様、興味深い話ではあるんですけど、ちょっと記事には・・・」 「そうよね・・・また変なお仕置きをされたら千聖も困ってしまうわ」 はぁ~。 振り出しに戻った私たちは、ぐったり脱力して机にもたれ掛かった。 「あれー?千奈美だぁ。どうしたのー?」 その時、開けっ放しだった生徒会のドアから、聞きなれた明るい声が響いてきた。 次へ TOP
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前へ 「・・・何してんの」 そんなにキツい言い方をしたつもりはなかったんだけど、自分で考えていたよりも低くて強めな声が出てしまった。・・・まあ、仕方ない。だって、千聖が目のまえで涙ぐんでいたんだから。 「舞・・・」 「あっ、ちょ、萩原さん!ねえどういうことなの!夏焼(ry」 詰め寄ってくる彼女――りーちゃんを、須藤さんがはいはいと宥めてくれた。その隙に、まじまじと2人を見比べてみる。 「何かあったの」 Buono!の3人のためにドリンクを取りに行った千聖が、いつまでも戻ってこないから、楽屋を熊井さんに任せて探しに来たら、この始末。 疑問点は、夏焼さんのオフィシャルstkであるりーちゃんが、公演中の今ここにいるということ。 千聖がしゃがみこんで泣いていること。 りーちゃんも、目の縁が赤くなって、何だか泣き腫らした感じがすること。 須藤さん・・・はいつも通りだな。うん、絶対心臓強いもん、この人。 「遅いから様子見に来たんだけど。何で泣いてるわけ」 やっぱり、どうも千聖が絡むと冷静さに欠けるな、私。 喧嘩してるっぽい雰囲気ではないけど、決していい雰囲気とはいえないから、余計にあせってしまう。 「舞・・・私、ステージ係失格だわ。私のせいで、せっかくのステージが」 「は?またすぐ極論言って・・・てか、別に今舞台何の問題もないけど?」 「違うのよ、舞。だって、みやびさんが・・・私が、めぐのことを」 千聖は相当にショックを受けているようで、フガフガ口調のまま取り留めなく言葉を発するもんだから、どうも話が掴めない。 「りーちゃん」 ・・・あんまり気が進まないけど、りーちゃんに話を振ってみると、待ってましたとばかりに口を開いた。 「だからね!何かね今年の夏焼先輩の本気汁(誤用)の濃度が前年比220%ぐらいになっていて(ry・・・とにかく、そんなにノリノリな夏焼先輩なんておかしいって思って、岡井さんに聞いたら、いきなりごめんなさいとかいって泣き出すんだもん! どーゆーことかって私が聞きたいもん!ままま、まさか、岡井さんが夏焼先輩をたぶらかし・・・!?ひぎいいこの泥棒猫が!スタッフとアイドルの恋愛とか御法度でしょうが!おどれら業界のルールも知らへんのか!」 「きゃんっ、あの、すぎゃさ、えと、それは違」 ・・・お前は何を言ってるんだ(AA略)。 昼ドラのようなテンションで千聖に掴みかかろうとするりーちゃん。普段のもぉ軍団マトモ担当とは思えないその狼狽振りに、慌てて私は立ちはだかってそれを制した。 「ちしゃとは舞の嫁!!!!11」 「嫁・・・」 とっさに口をついて出た台詞は、見事にりーちゃんの動きを制止させることができたようだ。だが、我ながら気持ち悪い。目の前のキモヲタさんもドン引きの模様だ。 「ふ・・・二股ってこと?岡井さんクソビッチ・・・」 「ちっがーう!!だから、ちしゃとと夏焼さんはなんの関係もないの!ちしゃとは舞ひとすじだし!だからね、その、夏焼さんが何かに気を取られてたっていうのは、それは・・・」 言いかけて、私はぐっと言葉を飲み込んだ。 開演前、楽屋で起こった出来事。 夏焼さんの様子が例年と違うというのなら、あれが原因であるのは間違いないだろう。 だけど、私が勝手に、そんな大事な話をしていいものなのか。 うまく肝心なとこをぼかしたり、物事を端折って説明するのは結構得意なほうだけど、こればっかりはそういうことをしちゃいけないと思う。 「・・・ありがとう、舞」 すると、千聖が私の肩にそっと手を置いた。 「千聖・・・でも」 「私から御説明申し上げるわ。せっかくライブを楽しみにしてくださっていたすぎゃさんに、このままのお気持ちで、帰っていただくわけにはいかないわ」 「いや、それはわかるけど、村上さんと夏焼さんの個人的なことまで勝手に話すのは」 「村上!?誰それ!年齢住所性別職業趣味夏焼先輩との交友関係についてkwsk」 「わかったわかった、落ち着いて梨沙子!大丈夫だから!いつもの可愛いべびーちゃんに戻って!」 「・・・ママぁ」 ――何この子、超怖いんですけど。 常時おかしい熊井さんやももちゃんならともかく、いたってノーマルな子が突然おかしくなるのって恐ろしい。 そりゃあ私だって、千聖とか千聖とか千聖のことになるとまあ結構アレだと自負しているけど、傍目から見るとこんな感じなのかもしれない・・・。人の振り見て我が振りなおせとはよく言ったものだ。 閑話休題。 須藤さんに抱きしめられると落ち着くらしく、りーちゃんは若干ちょっといつもの可愛らしいりーちゃんの顔に戻った。 「でもさ、マジで。こんなとこで油売ってないで、客席戻ったほうがいいって。もったいないよ、今日の夏焼さん絶好調なのに」 「でもでも・・・あっ!!」 口を尖らせるりーちゃんの、丸いお目目がパチッと見開かれたまま静止する。 その指が指し示す方向へ顔を向けると、・・・いた。赤鬼、ならぬ青鬼、ならぬ・・・桃鬼が。 「り~さ~こ~~~!!」 次へ TOP
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前へ 「みや、元気?」 めぐに梨沙子ちゃんを託し、戻ってきた舞台袖で深呼吸していた私の背中を、愛理が軽く叩いた。 「あ・・・うん」 「緊張してる?さっきまで全然だったのに、まさかのアンコールから?」 可愛らしい八重歯をのぞかせて、ケッケッケと独特の声色で笑う。 「・・・なんか、ごめんね、愛理」 「ん?」 「今日、振り回しっぱなしでさ。本番なのに」 そう口に出して、私は改めて、今日のステージのことを思った。 つい数時間前、開演ギリギリまでは、去年同様、観に来てくれた人に楽しんでもらうことだけを考えていた。 それが、思いがけもしなかった“彼女”との再会で、すべて変わってしまった。 「んー・・・別に、気にならなかったけど」 「本当?」 愛理はももと違って、気持ちを胸にしまいこんでしまうところがある。 開演時間を遅らせ、ステージ上では妙なテンションでパフォーマンスをし、あげくには愛理の親友の梨沙子ちゃんを泣かせ、こうしてアンコールの時間を大幅に遅らせる原因を作ってしまった。 桃とは違うベクトルだけど、ステージをすごく大事にしている愛理が、そのことについて、何も感じていないはずなんてないから。 せめて、アンコール前に苦情を受け止めておきたい。 相手が何も言わないからって、問題がなかったなんて簡単に考えてはいけないんだ。言いたいことは、言い合わないと。 そう考えて、話を切り出したんだけど、愛理はやっぱりあっけらかんとしていた。 「・・・ね、本当に思ってることあったら、何でも言ってくれていいんだよ、愛理。 ほら、ももだって、ガンガン私にダメ出ししてきたじゃん、今日。“ちょっとぉ~、お客さんに丁寧なキャラ取らないでよぉ~!みやはクール担当でしょ!”とかいってさ」 「あは、いいのいいの。今日みたいなことも、あっていいんじゃないかな」 愛理はそういって、私が目を向けていた方向――客席ド真ん中、8列目、に目を向けた。 「・・・みや、本当によかったね」 その声は、少し掠れているみたいに聞こえた。 「私ね、知らなかったけど、知ってたんだ」 「うん・・・」 愛理の目線が、今度は舞ちゃんと打ち合わせ中のお嬢様に切り替わる。 千聖お嬢様は、とても真剣な眼差しで、手元の資料を見ながら、なにやら指示を出しているようだった。 ずっと、ふわふわしていて臆病な印象を持っていたのに、そのイメージは、関わっていくごとに覆されていく。 まだ完全に心を開いてもらったとは思わないけれど、私にも最近やっと、お嬢様の“素”がわかってきたような気がする。 「結構前の話だけど、めぐね、お嬢様が友達と揉めちゃった時、すっごく怒って、すっごく心配してたの。 お嬢様とその人が仲直りするまで、ずーっと2人にかかりっきりだった。どんなにお嬢様が癇癪を起こしても、泣いても、絶対に折れなかった。 めぐっていつも冷静だし、ああいう姿を見たのはあれが最初で最後だった。今日、やっとその理由がわかった気がする。 まさか、こんな近くに、めぐの心を支えている人がいたなんてね」 少しいたずらっぽく微笑まれて、ほっぺたが赤くなる。 「そんなこと、あったんだ・・・」 何せ、さっきやっと仲直りをしたばかりだったから、連絡をとっていない間のめぐの様子なんて全く知らない。 もしも、愛理の言うように、めぐの中にもずっと私がいたのだとしたら、それはとても嬉しいことだ。 「きっと、めぐはお嬢様に、自分の大切な思いを預けていたんじゃないかな。 お嬢様はそれをわかっていたから、今日、こういう形で、めぐに返してあげた。 自分を助けてくれたときと、同じ方法でね」 そう言って笑う愛理は、自分なんかよりずっと大人っぽく見えた。 いつもマイペースで、独特の視点から、周りの人のことを思慮深く見つめている愛理。 今回のことも、ずっとずっと見守っていてくれたんだろう。お嬢様のことも、めぐのことも、私のことも。 「あのさ、もし、愛理が友達関係で悩むこととかあったら、ちゃんと相談してね!」 「えー、そんな縁起の悪い!みやびさんたら、もぉ~」 「いや~ん」 2人して突っつきあってふざけていると、「ほら、そこ2人、何してンの!」とうちの“自称リーダー”さんから声がかかった。 「ジャレてないで、こっち来て!」 ももに呼ばれるがまま、裏方さんたちも集まっているその場所へ慌てて移動する。 ――本当、いろいろあったけど、今年のステージも楽しめてよかった。 あとは、アンコールの“あれ”を無事終わらせる事ができれば・・・ 私は深呼吸して、一人一人の顔をジッと見た。 夜遅くまで残って、裏方の仕事を頑張ってくれた千聖お嬢様、熊井ちゃん、舞ちゃん。 2年も一緒に、Buono!として活動してきた愛理ともも。 私たちのために、無償でバックバンドを引き受けてくれた軽音部のみんな。 私は来年、もう一度ステージに立つチャンスはある。 だけど、このメンバーでやれる時間は、もうあとわずかしか残っていない。 「・・・みや、何泣きそうな顔してんの」 にやにや顔のももの指摘で、自分が感傷的になってることに気づく。 「なんでもない。さ、早く準備・・・」 その時、後ろから、ポンと肩を叩かれた。 「・・・あ、れ?」 そこでニコニコしながら立っていたのは、ちょっと意外な人だった。 うちの学校のとは違う、濃紺のセーラー服。 「お嬢様からアンコールでの趣向を伺って、ぜひ私も協力させていただきたく、お邪魔させていただきました」 「はぁ・・・それは、どうも」 私は前に、学校新聞の取材をさせてもらった程度の仲だから、なんとも距離感がつかめない。 でもお嬢様や熊井ちゃん、それからももは彼女と親しいらしく、とても嬉しそうに話しかけたりしている。 キョトンとしている私をよそに、彼女は、よく通る声で言った。 「あ、その前に、円陣、組みません?団結力を高めるには、これが1番!」 次へ TOP
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前へ 足を踏み入れた、大きなアイランド型のキッチン。 そこで、愛理と菅谷さんが忙しなく働いている。 「あれー、来てくれたんだ」 私たちの姿を発見した愛理が、ニコニコ笑いながら近づいてくる。 そのまま、手にしていた薄茶のチョコレートを口に入れてくれた。 「あ、美味しい」 「うん、優しい味だね」 苦味のない、一口大のハート形のミルクチョコレート。 ナッツとかパフも入っていないから、噛まなくても、濃厚な甘みが舌の上でふんわりと溶けていく。 お嬢様のお屋敷だけあって、これは、相当いい材料を使っているんだろう。セレブな食べ物にそう馴染みのない私にもよくわかる。これだけ甘くても、ちっともくどくないっていうか・・・ 「何か、愛理らしいね」 「ケッケッケ。そう?」 きっと、丁寧にじっくり作り上げた逸品なんだろう。 単に高級なチョコを使ったってだけじゃ、こんなにいい味にはならないと思う。 シンプルなだけに愛情がギュッと詰まってる気がして、そういうとこも含めて愛理っぽいな、なんて感じた。 「舞ちゃん、有原さん。梨沙子のも見てほしいな。ちょっと試食はさせてあげられないけどぉ・・・っていうかこっち来てくれる?」 なんとなくほわーんとした空気になって和んでると、奥の調理台の方から、菅谷さんが手招きをしてきた。 ギンガムチェックの赤いエプロンに、ポニテですっきり髪をまとめたそのお姿。なかなかどうして、可愛いかんな!じゅるり。 「菅谷さん美味し・・じゃなくて、エプロン似合いますねぇ。グヒョヒョヒョ」 「・・・栞菜、浮気性なら千聖は返還してもらいましゅからね」 私の微妙な声のトーンを聞き分けて、即睨みをきかせてくる舞ちゃん。怖っ! 「おお・・・」 えっへんと胸を張る菅谷さんの横に、こげ茶色の小ぶりなウエディングケーキみたいなのが1つ。 いかにも芸術系のことに長けている菅谷さん(可愛い子のプロフィールは(ry)らしく、カラフルなチョコスプレーやアラザンで綺麗なデコレーションを施してあるそのケーキ。 飴細工で作った鶴が、頂上でどうどうと羽を広げている。 誰がどう見ても絶対本命用。こんな立派なもの、頼まれたって試食なんてできるもんですかっ! 「どう?」 「いやー・・・何ていうか、豪華だね。気合を感じるよ」 さすが、夏焼さんへの貢物・・・と思ったけど、そういうことは言わぬが花。 「すぎゃさん、土台のケーキから手作りしているのよ。ココアスポンジで、胡桃が入っていて、とても美味しそうだったわ」 「でしょでしょー?頑張ったんだもーん。愛理と岡井さんが手伝ってくれたから、いいのできたよ!ありがとねー」 同級生トリオではしゃぎながら、ケーキの出来について談笑している三人娘。 こりゃ、明日学校に持ってくの大変だろうなー・・・なんて思いつつ、次はお嬢様の作業スペースに目を移す。 「ウフフ、私のはこれよ」 小麦色の指が示す、白いレースのペーパーナプキンの上に、人差し指の爪ぐらいの大きさの丸っこいチョコレートがコロコロ転がっている。 「なーに、これ?チョコボール?」 「それは召し上がってみてからのお楽しみよ」 キラキラ黒目で見つめられ促されるがままに、それを口に運ぶ。 噛み締めると、カリッという小気味よい音とともに、口の中に独特の風味が広がっていく。 「・・・コーヒー豆?」 「ええ、そうよ。お味はどうかしら」 「美味しいよ、千聖」 私が答える前に、舞ちゃんがニュッと顔を突き出して、お嬢様に微笑みかける。 負けじと後ろからお嬢様と目をあわそうとするも、舞ちゃんのたくみなディフェンスに妨害されてしまう。 ざまーみろ!って感じの顔でチラチラと目を合わせてくるのがくやしくて、私は舞ちゃんのわき腹に顔を突っ込んで、そこからお嬢様に話しかけることにした。 「うわっ!なんだよ、栞菜!」 「何とでも言え!・・・お嬢様、とても美味でしたよ。ほろ苦いコーヒー豆を、キャラメル味のチョコレートが優しく包んで。まるで、私とお嬢様あががががいででででで」 強烈なヘッドロックをかけられ、悶絶する私を見て、美少女三人衆がケラケラと笑ってくださっている。嗚呼・・苦しいけど、最高な気分だかんな! 「・・・でも、良かったわ。皆さんが美味しいって言ってくださるなら、安心してお送りすることができるもの」 お嬢様の声を聞いて、私を三途の川へ追いやろうとしていた、舞ちゃんの手がピタッと止まる。 「ん?お送りって・・・何?寮生にも学校の人にも普通に渡せばいいじゃん」 「あら・・・だってそれは、学園の皆さんに差し上げるものではないのよ。」 「は?」 「いやだわ、舞ったら。舞に差し上げるものなら、ここでお味を見ていただくはずがないじゃない。ウフフ」 「いだだだだだ」 みるみるうちに舞ちゃんの顔が真っ赤になって、私の喉を捕らえたままの腕に再び力が篭る。 「だ・・・だったら誰にあげるの、それ!舞に断りもなしに!亭主の前で堂々と浮気とはどういう了見でしゅか!」 「ウフフ、どうしたの。そんな怖い声を出して」 あまりの舞ちゃんのキレッぷりに、お嬢様以外のみんながドン引きしている。 この状況で、ほわんとニコニコしていられるなんて、お嬢様・・・ま、そこが可愛いんだかんなイデデデデ! 「あのね、これはね、舞波ちゃんにお贈りするのよ」 ふと、表情を和らげたお嬢様が出した名前。 その瞬間、舞ちゃんの息がグッと詰まるのがわかった。 舞波さん。 私は会ったことがないけれど、お嬢様の遠縁の親戚で、前にお屋敷に滞在していたことがあるらしい。 愛理曰く、とても頭がよくて、思いやりがあって、穏やかで、不思議な力をたくさん持っている素敵な人。 以前お嬢様に見せてもらった写真では、可愛らしいエクボが特徴的な、やさしそうな人だなっていう印象だった。 「舞波ちゃんね、千聖のお家に常備してあるコーヒーがお好きだったから。執事に、豆の状態のを用意させたのよ。喜んでくれるかしら」 「ケッケッケ、きっと舞波さんびっくりしますよぉ。せっかくだから、私も一緒に、舞波さんに文庫本を送ってもらっていいですか?お嬢様」 「もちろんよ。舞は?舞は何か舞波ちゃんに送るものはあるの?」 ご機嫌の証のように、三日月お目目ではしゃぐお嬢様。 それに反比例するかのように、舞ちゃんの表情が曇っていく。 「舞?」 「別に、ないし。萩原舞がお元気ですかって言ってたとだけ伝えといて。舞もう部屋戻るから」 「ぐえっ」 ドサッと床に落とされて、ちょっとばかしお尻が痛い。 「あら、舞ったら・・・」 そのまま、ドアを開けて舞ちゃんは出て行ってしまった。 「・・・ごめんなさい、お嬢様。私もひとまず失礼します」 舞ちゃんの寂しげな表情が、妙に心に引っかかる。 ナマイキ天才美少女とはいえ、まだ14歳。 放っておく気にはとてもなれなくて、私も慌ててキッチンを後にした。 「・・・何か用」 寮とお屋敷を繋ぐ場所にある、小さなお庭。 お嬢様のお気に入りの箱ブランコを揺らしていた舞ちゃんは、私をチラッと見ると、少し眉間の皺を深くした。 「一緒に乗ってもいい?」 返事はなかったけど、ダメって言われなかったから、私は半ば無理やりに舞ちゃんの隣に体を押し込んだ。 「・・・キレてないっスよ」 しばらくすると、舞ちゃんが照れくさそうに笑いながら呟く。 「当然っス。舞ちゃんキレさせたらたいしたもんっスよ」 とりあえずそれに乗っかってみると、舞ちゃんは「プッ」と大げさに吹いて、ケラケラと笑い出した。 そのまま、勢いよく立ち漕ぎでブランコを揺らし始める。 「ま、舞ちゃん?」 「あは、ごめ・・・情緒不安定だ」 あんまり顔を見られたくないのか、そうやって乱暴にブランコを漕いだまま、舞ちゃんはまた喋りだした。 「舞波さんって、超いい人なんだ」 「うん、何かわかる」 「舞、あんな人間の出来た人、見たことないよ。 ここに舞波さんが居た頃、ヤキモチで結構悪い態度とか取っちゃった事もあるんだけど、舞波さん全然怒らないの。 めっちゃ頭いいし、誰に対しても変わらずに優しいし、そりゃああのワガママ甘えん坊の千聖が夢中になるのは仕方ないでしょ。 それに、栞菜みたいな℃変態とか、なっちゃんみたいに負けず嫌いだったり、鬼軍曹のような喜怒哀楽はっきりしてる人なら、舞なりの戦法で戦えるんだけど、舞波さんは掴みどころがないんだよね。 そもそも、舞のことをライバルだなんて思っても居ないんだろうし」 「舞ちゃん・・・」 それはある意味敗北宣言のはずなのに、なぜか舞ちゃんはやたらすがすがしい顔をしていた。 次へ TOP
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前へ 「・・・は??何言ってんの、愛理」 不快感を露わにする舞ちゃん。わかってるでしょ?意地悪しないでよ、って感じかな。 だけど、残念ながら私は“舞様”な眼光って別に怖いと思わない。何か、むしろ可愛いと思ってしまう。今みたく黒愛理モード入ってる時は、特に。 「いいぞ、愛理!もっとやったれだかんな!」 「℃変態は黙ってろよっ。・・・ねー、ちょっと、何で?愛理」 ステージ下からの、お嬢様の「よかったわね、舞!」という無邪気な声援も癇に障るらしく、舞ちゃんは不機嫌MAXに私を問い詰める。 「お願いとかあるなら、フツーに言ってくれればいいじゃん。今はそういうんじゃないでしょ」 「ケッケッケ、いいじゃないかぁ~私は、舞ちゃんが欲しいのである!」 さっきのみずきちゃんって子の真似して言ってみると、舞ちゃんはオエッと舌を出した。 ケッケッケ・・・こういう℃Sちゃんをからかうのって楽しい。我ながら、いい性格をしてるもんだと思う。 普段から自分のことをおちょくる栞菜や、あるいはめぐぅが同じことをしたのなら、舞ちゃんは即抗うだろう。 だけど、今ちょっかいを出してるのは、穏健グループなはずの私。 どういう態度に出たらいいのか迷っているのか、唇を引き結んで私をじっと見ている。 “鈴木さーん、えーと、景品・・・は、そちらでいいんですかー?” 徳永さんの遠慮がちな問いかけ。 「はーい、こちらの舞様でぇ」 “あー、そう?ふーん・・・そっか・・・” まあ、当事者ながら、みんながいぶかしむ気持ちもよくわかる。 私と舞ちゃんは仲がいいけれど、こういう行事で選んだり選ばれたりって関係かっていうと、それはちょっと違う。 いい意味で適切な距離を保って、お互いの状況を把握して付き合える感じ。だったはず。 「ねー、もういいでしょ?愛理ぃ。なんだよー、何か言ってよー・・・」 「ケッケッケ」 こうやって天才っ子を戸惑わせるのって、結構楽しかったりする。 ――鈴木先輩と、萩原さんだって・・・ ――でも、舞様は千聖お嬢様を・・・ ――もしかして、これって三角関係とか・・・ ケッケッケ、まあ、そういうの面白いかもしれないねぇ。 結構性能のいい私のお耳は、興味深いささやきを次々キャッチしていく。 「よかったじゃん、萩原!新しいカップリングが誕生したかんな。うんうんじつにお似合いだ、応援するかんな!」 「はぁ!?・・・ねー愛理、なんとか言ってよ!もー!何で舞なんだよー!愛理ってばー!」 冷静沈着なはずの舞ちゃんが、子供っぽく駄々をこねるのが可愛い。 ずっと見てたくなっちゃうけど、加減を間違えると本気で拗ねられちゃうから、この辺かな。 「マイク、いーですか?」 “どーぞ” 徳永さんから借りたマイクを片手に、私は舞ちゃんの手首をつかんで1歩前に出た。 「というわけで、萩原舞さんは私がGETさせてもらいましたー!」 高らかに宣言すると、戸惑いながらもみんな拍手を返してくれる。 ここまで盛り上げられてしまうと、さすがの舞様も諦めがつくらしく、不満そうな顔ながら、私の手を握り返してくれた。 「・・・で?舞はどーゆー命令をされるんでしゅか?」 「ふっふっふ」 その質問はあえて聞き流し、私は舞台上から“コイコイ”と手招きをする。 「まあ・・・私、かしら?」 お相手は、千聖お嬢様。 「そうです、ちょっと上がっていただけます?千聖様」 「でも私、まだビンゴの列をそろえていないのよ」 「まーまー、それはそれ、これはこれ。ちょっとお付き合いくださいよぅ」 テンション高い私に小首を傾げつつ、お嬢様は素直にこちらへ赴いてくれた。 「・・・もー、わけわかんない。ちしゃと、こっち!」 舞ちゃんったら、依然私をジロジロと観察しつつも、お嬢様が近くに来てくれたから嬉しくなっちゃって、ステージ下にいる女の子たちに悠然と微笑みかけてあげたりしている。 ・・・さてと。 仲良く並んだ二人を少し前に押し出すと、私は改めてマイクを取った。 「お時間いただいちゃってすみません。いま、千聖お嬢様に壇上へ上がってもらったのにはわけがあります。 私のお願い事。それは・・・」 よく突っ込まれる“早口モゴモゴ”口調にならないよう、慎重に、言葉を区切って話し出す。 「来年の学園祭、舞ちゃんと千聖お嬢様と私で、何か出し物をやらせてください!」 “えー・・・” 「はあああ!?なにそれ!」 場内がザワめく前に、大きな目を見開いた舞ちゃんが、驚嘆の声を上げる。 「どういうこと!?何で舞が」 「だって、何でもいう事を聞いちゃうぞキャンペーンなんでしょ?私のお願いも聞いてもらえるでしょ?」 「そんなこと言ったって・・・ねー、なんなの?愛理今日変」 珍しく、本気で当惑している様子の舞ちゃん。 景品としての自分を選び取ってしまった上に、こんな重要な事をみんなの前で半強制状態で発表されて、混乱しているのだろう。 ケッケッケ、戸惑う女王様って可愛い。でも、あんまり苛め過ぎると嫌われちゃうかな。 黒愛理はあんまし降臨しないから、自分でも加減がよくわからない。 「なんてこったい愛理!愛理は萩原の味方なんか!よくもあたしのお嬢様をキエエ!」 「うっさい有原!もーなんなのこれ!舞の計画と違うし!」 別の方向からも思わぬおもしろリアクションが飛んできて、黒愛理としては楽しくてたまらない状況だ。 会場はザワついてるし、あんまりよくない状況なのはわかってるんだけどね、ケッケッケ 「・・・素敵なアイデアね、愛理」 その、ちょっと不穏になりかけた空気を浄化したのは、お嬢様の可愛らしいお声だった。 黒目がちな目をゆっくり瞬かせながら、いぶかしむ舞ちゃんの顔を覗き込む。 「舞。舞は今、ビンゴゲームの景品になっているのでしょう? それなら、愛理のお願いごとをお引き受けしないとね」 「でも、」 「ウフフ、楽しみね。愛理と舞と私、一体どんな催しが出来るのかしら?愛理は、どんなプランを?」 おもちゃを差し出された子犬のように、キラキラした目で私を見るお嬢様。 「そうですねー・・・トリオ漫才とかどうでしょう?」 「やだよ舞そんなの」 「歌、やったらー?」 その時、ステージ下から唐突に声をかけてきたのはもも。 「千聖、歌好きでしょ?愛理も好きでしょ?舞ちゃんも好きでしょ?」 「ちょっとももちゃん、別に舞は」 「もぉ知ってるよ?舞ちゃんが一人で給水塔にいる時、可愛い声で歌ってるの」 ももが大きな愛でもてなして♪と振りつきで踊ってみせると、舞ちゃんはカァッと顔を赤くした。 「ウフフ、そうね。千聖も、舞の歌声が好きだわ。 甘くて、少しピリッと痺れて。ハチミツと、ジンジャーを混ぜたような素敵な色合いの可愛い声。 皆さんにも、舞の歌を堪能していただきたいわ。愛理の澄み切った御水のような声と、きっと綺麗に重なると思うの。 えと・・・それから、私の歌も、お嫌でなければ・・・」 さんせーい!と煽るもも。真野さんの件といい、今日のももはえらくお友達思いだ。 「ね、みんなもいいでしょ?愛理のビンゴの景品だもん。もぉは聞きたいけどなぁ」 その呼びかけに、聞いてみたーい!と、勇気ある舞様ファンがちらほら声を返していく。 「舞ちゃん、あたしからお嬢様をNTRしたんだかんな。そのぐらいのお願い、聞いてあげてもいいじゃんか!」 「変な事ゆーなよ!・・・わかった、わかりました!でも来年1回だけだからね!」 まったくもう、とか言いながら、私のムチャブリに応じてくれた舞ちゃん。 「ちょちょちょ、あとで詳しく話し聞かせてよっ!学校新聞の1面に載せるから」 「しょうがないでしゅね」 新聞部モードの徳永さんからの取材要請にも、諦めたように応じる態度を見せる。 それで、漸く私の黒モードも落ち着いて、いつものぼへーっとしたテンションが戻ってきた。 「・・・はーい、それじゃ、来年の学園祭の楽しみも出来たってことで、ビンゴの続きいっちゃいましょう! 次の数字はぁ・・・」 徳永さんの声を背に、私は景品様を伴ってグラウンドへと戻っていく。 ――つん、つん 「ん?」 見ると、若干ほっぺたを膨らました舞ちゃんが、上目づかいに私を睨んでいた。 「ごめんごめん、何か悪ふざけが止まらなくなってしもうた」 謝ってはみたものの、舞ちゃんの表情は変わらない。 「舞ちゃーん・・・ごめんよぅ・・・」 なだめてすかして、大慌ての私のしばし観察した舞ちゃんは、「愛理さーん」と唐突に口を開いた。 「へ、へい」 反省モードの私。 ピシッと背筋を伸ばして向き合うと、舞ちゃんがほっぺに頭突きをくらわせてきた。 「あいたた」 「わかりにくいんだよっ、愛理の親切は!」 あっかんべーとともに、お嬢様のとこへ走っていってしまった舞ちゃん。 「・・・ケッケッケ」 親切、ね。 お嬢様を絡めて、舞ちゃんを驚かせつつ喜ばせてあげたかった。その気持ちが伝わっていたのは嬉しい。 ま、黒愛理の暴走が過ぎたような気がしなくもないけど・・・終わりよければ全てよし、ってことで。 人並みをこっそりすり抜け、私は賑わうビンゴ会場から少し離れてみた。・・・やっぱ、これぐらいの位置が一番落ち着くなあ。 少し距離があってもわかる、ぴょんぴょんジャンプしてはしゃぐもも。舞美ちゃんの「ビンゴしましたー!」と壇上へ上がる姿。えりかちゃんと佐紀先輩の弾けるような笑い声。 今日のような“非日常”の中にある、“日常”。来年は、もう見ることの出来ない・・・。 だけど、さっきまでの私とはもう違う。 寂しさよりも、来年もここへ来てくれるだろう、尊敬すべき先輩がたを、どう御持て成ししようかなって。今はそう思っている。 きっと、今しがた得た、大きな大きな次のステップのおかげだろう。絶対、みんなの度肝を抜いてやらなければ。 遠ざかった灯りと、小さくなった喧騒に目を眇めながら、私の思考はもう既に、来年の舞ちゃんたちとのステージのことでいっぱいになっていたのだった。 ~ビンゴ会場~ リ*・一・リ<ウフフ、やっと列が揃ったわ! 从*´∇`)<おめでと! リ*・一・リ<ええと、景品は・・・ ハァハァハァハァ ハァハァハァハァハァ ノk|*‘ρ‘) ハァハァハァハァハァーン ハァハァハァハァ リ*・一・リ< 从*´∇`)< リ*・一・リ<・・・この、ア●パンマンおすなあそびせっとにするわ 从*´∇`)<・・・デスヨネー Σノk|‘-‘) リl|;´∀`l|<ウ、ウチがもらってあげるから!まだ1マスも開いてないけど! ノノ∮ _l )<あ・・・2枚目ももうリーチだ・・・ 次へ TOP
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前へ 今日も学校が終わると、いつものカフェに来ていた。 今日は、席に座るとすぐに教科書を広げた。もうすぐ始まるそのテスト勉強をするのだ。 落ち着いて出来る今のうちが勝負。そのうち軍団の人が来ないとも限らない。 一人でいられる今のうちに集中して勉強をしよう。 そうやって、僕が勉強をしていると、店のドアが開いた。 現れたその人物を見て、驚愕のあまり僕の手からシャーペンが落ちた。 やって来たのは、な、な、な、なかさきちゃん! な、なんで彼女がここに!? 予想外の事態に、僕はなかさきちゃんを凝視したまま固まってしまった。 僕の姿を認めると、彼女は一瞬躊躇した様子を見せたが、意を決したかのように僕の座るこのテーブルに近づいてきた。 え? なかさきちゃん、このテーブルに? ってことは、僕に用があって来たのか。 心臓の鼓動が早まる。 「ここ、座っていいですか?」 テーブルに広げてある教科書に目を落としながら、なかさきちゃんが固い声で短く声を掛けてきた。 予想外の状況にとまどいながらも、彼女の問いに僕は大きく頷いた。あわてて教科書やノートを片付ける。 僕の目の前に美少女が座った。 なかさきちゃんは緊張しているようだった。 ひょっとして、男と同席していることに? さすがお上品な学園の風紀委員長さん。 アップルティーを注文したなかさきちゃん。 でも、出てきた紅茶に口をつけようともしない。 「あの、やっぱり、私もう帰ります・・・」 「帰るって、まだ一言も・・・ ちょ、ちょっと待って」 いったい学園の優等生が何をしにきたんだろう。 先日、彼女にひっぱたかれた時のことを思い出す。 まだ僕に何か言いたいことでもあるんだろうか。 でも、いま彼女はあの時とは全く違う雰囲気で僕の目の前に座っている。 そうか・・・ 例の件で僕に会いに来たんだろうな、やっぱり。 なかさきちゃん、僕のことを、そんなに。 でも、どうすればいいんだろう。彼女は舞ちゃんの友達じゃないか。 僕はそんな彼女に対して、どう接すればいいのか。 かわいらしいなかさきちゃんが僕の前で緊張している。 そんなに緊張していては、ただ話しをするのさえ支障が出てしまうのではないだろうか。 彼女のその緊張を解いてあげたい。 どうすればリラックスしてくれるだろう。 そうだ! いつも寮生の方がしている彼女の呼び方で呼んでみたら。 うん、それがいい。さっそく彼女に声をかけてみる。 「ねぇ、なっきぃ?」 僕のその呼び方にビクッと肩を震わせるなかさきちゃん。そして、彼女はようやく顔をあげてくれた。 その怯えたような表情・・・ うわぁ、たまらないな、この表情。 思い切って言ってはみたものの、慣れないこの呼び方、これはさすがに照れくさい。 でも、照れたりしたら失礼だ。ここは集中しなければ。僕が恥ずかしがってる場合ではないのだ。 「今日はどうしてここへ?」 僕の問いに、何かを逡巡している様子だった彼女が僕に視線を戻してくる。 何か言いにくそうなことを言おうか言うまいか悩んでいる様子のなかさきちゃん。 「わたしは、その、あなたに言いたいことがあって・・・」 意を決したように、なかさきちゃんが僕に話しかけてきた。 「このあいだは叩いたりして・・・ごめんなさい。それだけ言いたくて」 そう言ったなかさきちゃんの愛らしいこと・・・ 一瞬、意識が飛びそうになった。 正直たまりません。 だから、それに対する僕の返答は、つい棒読みになってしまった。 「わざわざそれを言いに来てくれたナンテ。ウレシイヨ、ナッキィ」 そんな僕の言うことなどほとんど耳に入っていないかのように、なかさきちゃんは一方的に話し続ける。 「あと、ここに来たのは、ちょっとあなたにお聞きしたいことがあって・・・」 緊張した彼女の面持ち。 なかさきちゃん、いよいよここから本題に入るつもりなのだろうか。 僕に聞きたいこと・・・・ ついに来たか。 僕はどうすればいいんだろう。 彼女が、こ、告白してきたら、僕は彼女に何と言えばいいのか・・・・ ・・・でもやっぱりダメだよ、なかさきちゃん。 僕のことをそんなに思ってくれるのはとても嬉しいけど、僕は君の想いに応えてあげることができない。 だって、よりによって舞ちゃんの友達には・・・ でも、彼女の思いを無下に断ったりして、彼女を傷つけたりはしたくない。 どうすればいいんだ。 いったい僕はどういう態度を取ればいいのだろう。 うん、決断できた。 そのための答えは、一つしかない。 取るべき行動はただ一つ。 僕はなかさきちゃんに嫌われるように振舞う必要がある。 そのために、なかさきちゃんの軽蔑しそうなキャラ・・・チャラい性格の男でも演じてみるとするか。 そんな男に対しては、きっとなかさきちゃんは軽蔑して嫌ってくるに違いないだろう。 ちょっと斜に構えて彼女を見つめ、そのセリフを口にする。 「そんなに僕のこと知りたいんだ。やっぱり僕のことが忘れられなかった?」 自分で自分のセリフにドン引きしてしまった。 リアルで口にしちゃったよ。 よくこんなこと言えるな。 でも、これは演技なんだ、そういう役を演じてるんだ、そう思えば意外と自然に口にすることができるもんなんだな。 “演じる”ってなかなか面白いかも。 僕の言ったそんな軽薄なセリフに対して、なかさきちゃんは顔を真っ赤にして反論してきた。 「ち、違います!」 そんなアホみたいなセリフは無視されるに決まってると思ったが、いちいち生真面目に否定するとか。 さすがは、お上品な学園の風紀委員長だ。 かわいい。 本当にかわいすぎる。 彼女に嫌われるためにやってみた演技だったが、なかさきちゃんの反応は、これかわいすぎるでしょ。 そんななかさきちゃんの取るこの反応に、男としてつい調子に乗ってしまう。 「本当に違う? 自分の気持ちに気付いてないだけじゃないの? それとも気付いてないフリをしてる?」 その僕の問いに対して、彼女は即答で否定したりはしなかった。 何か考え込んでしまったかのように黙ってしまうなかさきちゃん。 いま彼女は、とんでもないような事を言われて、それに対してただ固まってしまっただけなのだろう。 でもその様は、言われたことに心当たりがある、とでもいうような感じにも受け取ることができる。 なかさきちゃん、そのリアクションは調子づいた男を更に勢いづかせちゃうよ。 今の反応、これもし僕が強気に攻めるようなタイプの男だったとしたら、押し切られちゃうんじゃないかなあ。 彼女、本当に免疫がないんだな。とても心配になる。 いかにも女子校育ちの純粋培養された女の子って感じだもんなあ。 次へ TOP
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前へ その日の放課後。 私はお嬢様と2人で、図書室へ資料を返却しに来ていた。 「御返却ありがとうございます」 「いえいえ。・・・じゃ、帰ろうか。今日林道通るし、送ってくよ。たしか、誰か一緒なら徒歩下校でもいいんでしょ?」 「まあ、一緒に帰ってくださるの?嬉しいわ」 「千聖様。」 そんな話をしていると、ふいに後ろから呼び止められた。 「あ・・・」 初等部の制服。 大人びた顔立ちの女の子が、丁寧に一礼をして、私とお嬢様を交互に見た。 「ごきげんよう、宮本さん」 「ごきげんよう、千聖様」 どうやら、知った仲らしい。 賢そうな子だ。背筋をピンと伸ばして、お嬢様に倣うように、口元を微笑の形に固めている。 だけど千聖お嬢様のようなお金持ちのお嬢様、という感じではなくて、ごく普通の女の子が、生真面目に話す相手に合わせて背伸びをしているという感じ。 それが余計に、彼女の優等生らしさを際立たせているみたいだ。 細い腕に今年の中等部・高等部の推薦図書をがっちり抱いていて、読書家のようでもある。 「ずいぶんたくさん借りるのね、宮本さん」 お嬢様は深い茶色の瞳で、じっと宮本さんを見つめている。 「いえ、それほどでも。・・・あ、御挨拶が遅れました、須藤生徒会長。私、宮本佳林といいます。初等部の6年生で、クラスは・・・」 「ああ、そんな気にしないで。よろしくね、宮本さん」 ――すごいな。ここまできっちりやれる小学生って、そうはいないだろう。 私の方が圧倒されてしまって、きちんと挨拶できてない気がしなくもない。 「宮本さん、初等部の生徒会に入ってたりする?」 何の気なしにそう聞いてみると、ビクッと肩が跳ねて、宮本さんの顔色が変わる。 「あ、ごめん!別に深い意味があるわけじゃないんだけど」 それまでの、落ち着き払った宮本さんの態度からすると意外な反応で、何かまずいことを言ったのかと、私は一人でうろたえてしまった。 一方、宮本さんはすぐに動揺を笑顔で封じ込めて、またハキハキとした声で喋り出した。 「いえ、こちらこそすみません。 生徒会には入っていません。私には、あまり向いていないようなので」 「そんなことないと思うけど・・・」 「あの、それより、千聖様」 宮本さんは半ば私の話をぶった切る感じで、今度は千聖お嬢様にまっすぐ向き直った。 「今朝の話の続きなんですけれど」 「あ・・・私先行ってようか?」 内緒の話ならと、席を外そうとしたのだけれど、「いえ、須藤先輩もここにいてください」と引き止められた。 「こういうことは、証人になってくださる方がいたほうがいいと思いますし」 「証人?」 「・・・千聖様、私の姉になってくれませんか?」 よく通る声で、宮本さんは唐突に言った。 私たちの半径2mぐらいの空気が、ピタッと止まったのがわかる。 「どうでしょう、千聖様」 だけど、宮本さんはそういう空気も気にせずに、さらにずいっとお嬢様に顔を近づける。 いや・・何だか意外だ。 姉妹ごっこブームのことは知っているし、お嬢様が人気者なのもわかっている。だけど、宮本さんのような子なら、例えば愛理タイプのほうがしっくり来る気がするんだけど。一緒に本を読んだり、勉強したり。 結構活発な面もある、不思議ちゃんなお嬢様だとちょっと違う気が・・・なんて、余計な事を考えてしまう。 「・・・いかがでしょう、千聖様」 ハキハキした宮本さんの声で、妄想の世界から心が戻ってくる。 お嬢様の顔をチラ見すると、目をパチクリさせたまま、固まってしまっている。・・・さては、面と向かって妹志願されたのは初めてだな。 「千聖様はまだ、学内には妹をおつくりになっていないと聞いています。でしたら、私を」 しかも、なぜだかわからないけれど、宮本さんは返事を早急にもらいたがっているようで、ぽわんぽわんなお嬢様の頭はショートしかかっているように見受けられる。 「えと・・・その、ふがふが」 「私、きっとお役に立てると思います。どうかお願いします、千聖様。この場でお返事を」 「で、でも、そんな、千聖は・・・」 その焦り気味のオーラが余計にお嬢様を慌てさせ、遠巻きに見ている周囲の空気と相俟って、収集のつかない雰囲気になっている。 この場に舞ちゃんがいたら修羅場だろうな。熊井ちゃんじゃ放送事故。栞菜なら放送禁止。 「・・・まあまあ、そんな急には、ねえ?」 とりあえず、マトモ組として助け舟を出してみることにした。 「今、その姉妹になりましょうっての、流行ってるんでしょう?でも、私とかお嬢様は結構慎重派だから・・・」 「私、別に流行だから言っているわけじゃありません」 すると、意外なほど鋭い声で反論が返って来た。 「私は本当に、千聖様と・・・」 「宮本さん」 その声をさらに遮るように、しばらく黙っていたお嬢様が口を開いた。 乾いた声。緊張感がこちらにまで伝わってくる。 「・・・千聖のことを、姉と思ってくれても、構わないわ」 「本当ですか!」 「ええ」 「ええ。って、ええっ!?」 何だこの展開。 お約束どおり、両手を挙げてズッこける私をよそに、あれよあれよと言う間に、2人は姉妹の契りを交わしてしまった。 「ちょちょちょ、お嬢様」 「嬉しい、千聖お姉様。ああ、そうだ。私のことは、かりんって呼んでくださいね」 「ええ、わかったわ、かりん。 では、私と茉麻さんはまだ、生徒会のお仕事があるから、今日はこのへんで、ね」 会釈とともに、弾けるような笑顔で去っていく宮本さん。 対照的に、周囲の生徒も私も、事態を飲み込めずにざわめいている。・・・焼け石に水かもしんないけど、新聞部がネタにしないよう、ちなみやびにクギさしとかないと・・・。 「・・・お嬢様、本当にいいの?」 「ええ」 「でも、」 言いかけて、私はぐっと言葉を詰まらせた。 たった今、妹を得たとは思えないほど、お嬢様の表情は強張っていたから。 「今日、一緒に下校していただけるって、先ほど・・・」 「あ、うん。もちろん」 「良かったわ。聞いていただきたいことがあるの、茉麻さん」 次へ TOP
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前へ 「スカート丈、OK。えりこちゃん以外。 リボン、ネクタイOK。えりこちゃん以外。 さー行きますか!えりこちゃんは大至急スカート直す!パンツ見えちゃうよ!」 「ちぇー。」 登校前恒例、私の風紀チェックが終わった。 昨日ここへ越して来た栞菜ちゃんは、本日が学園デビュー。人見知りするタイプらしく、若干顔が強張っている。 「大丈夫だよ栞ちゃん。うちの学校面白い子いっぱいいるし、あんまり学年関係ないから。」 「そうなの?」 うん、とうなずいて、みぃたんが私に目線を送ってきた。説明しろってことか。まったく、私に面倒を押しつけるのがうまいんだから! 「うちは先輩後輩の交流を大事にするから、部活とか委員会、あとイベントごとは基本中高ごちゃまぜでやるのね。ホームルームもクラスごとじゃなくて、縦割りでやるんだよ。たまに授業でもからむし。音楽とか体育とか」 「へー…私立ってすごい…」 栞菜ちゃんは、私が数年前持った感想と同じ言葉を漏らした。何だか懐かしくて、ニヤッと笑ってしまった。 「そういえば、栞ちゃんは昨日お嬢様に会ってきたの?機嫌どうだった?なっきぃかなりしかっちゃったから、ムスッとしてたんじゃない?」 お世話係として、私たちはよくお嬢様の情報交換をする。こうして登校がてら、話し合いをするのは日課のようなものだった。 「いや…それは別に気にしてなかったみたいだけど。」 えりこちゃんが口ごもる。 「けど?」 「舞ちゃんのこと聞かれたんだよね。」 あー…それはまた、返答に困ることを。 「舞ちゃんに会わせてって半泣きになっちゃったから、とりあえず愛理と栞菜は寮に戻った。その後ウチがごはん作って、それ食べたら落ち着いたみたい。」 舞ちゃん。 彼女が休学して、二週間になる。何かあったのかな。定期的に“心配かけてごめんなさい”メールは来るのだけど、状況がよくわからない。 まあ、勉強の方は別に大丈夫だろう。なんてったって舞ちゃんは 「舞ちゃんはね、天才なんだよ。」 「ええっ!」 みぃたんが栞菜に説明し始めた。 「栞菜や愛理と同じで、すごく優秀な子なの。それも、普通の中学生のレベルじゃないらしくて。ただ、周りに合わせるのが難しいみたいで、クラスの子とうまくやれないことも多いのね…。 千聖お嬢様とは不思議と気が合うらしくて、休学する前は二人でよく遊んでたんだけどね。」 私は心の中でため息をついた。 千聖お嬢様が不安定なのは、ご両親が戻ってこないからだけじゃない。舞ちゃんまで自分から離れていってしまう気がして、不安なんだと思う。 だからせめて、ちゃんとお嬢様を見ている人間がここにいるってわかってほしくて、私は何かとお嬢様の生活態度を注意してしまう。 こんな風にガミガミ叱ってばかりの私を、きっと快くは思ってくれてないだろう。 それも仕方ない、私は不器用だから。えりこちゃんがお料理を作ってあげるように、愛理がお喋り相手になってあげるように、私は私の得意分野でお嬢様を助けたいだけなんだけれど。 「そういえば、お嬢様は?一緒に登校はしないの?」 栞ちゃんが首を傾げたと同時ぐらいに、軽快なクラクションと共に、黒塗りのおベンツが私達の横を通り過ぎていった。 「うん、栞菜。」 「まさか・・・」 栞ちゃんはかなり察しのいいタイプみたいだ。 「ありえない。この距離を、車で?」 「本当は、お嬢様は私達みたいに歩いて通いたいんだって。でも前に、変な人に誘拐されかかったとかで、もうそれも叶わなくなっちゃって。」 「何か、お嬢様可哀想。」 急に栞ちゃんは立ち止まって、下を向いて鼻をすすりだした。 「私昨日、こんなすごいお屋敷で育ってうらやましいなあなんて勝手に思ってたけど、やりたいことも全然させてもらえないなんて」 あ、やばいやめて栞ちゃん。私も結構涙もろいんだって。そんな顔したら涙が伝染る・・・・! 「まあまあ、でもその代わりに、私達がいるんじゃないか。できることは何でもしてあげようよ。前はさ、寮に来るのだって禁止されてけど、みんなで直訴して許可もらったじゃない? またお願いしてみようよ。毎日は無理でも、大人数で帰れる時とか、さ。」 「そうだね、舞美の言うとおりだ。よっ生徒会長!」 「もっと褒めて!」 みぃたんはすごい。 普段はぽけーっとして何考えるかわからないことも多いのに、こうして重い空気を一気に吹き飛ばしてしまう強さを持っている。そんなみぃたんだからこそ、私はサポート役に立候補したのかもしれない。 「大丈夫だよ、お嬢様はそのうち落ち着くって。学校に行けば桃もいるし、・・・まあ、梨沙子さんも、ね」 そう言いながら、えりかちゃんはさりげなく私の手に何かの用紙を握らせてきた。 クシャクシャの紙をこっそり開くと、雑な字で「反省文」と書かれていた。 「ちょっとは、優しくしてあげなよ?風紀委員長さん。」 思わず顔がにやけてしまったことをえりかちゃんにからかわれて、私は慌ててほっぺたを引き締めなおした。 「さあ、急ごう!今日は栞ちゃんに学校を案内するんだから!」 次へ TOP
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前へ 「はい、じゃあ手をつないで。・・・憂佳、もう少し右に。そう、首傾げてみて」 所変わって、撮影スタジオ。 衣装を届けてもらった私たちは、その場で着替えて、係のお姉さんにここへ連れてきてもらった。 そのまますぐ、カメラ撮影に入ったわけだけれど・・・なかなか、緊張して調子が出ない。 夏のカタログに載せる写真ということで、私はノースリーブのワンピース、岡井さん・・・岡井少年は、少し大きめなサイズのTシャツを、カーゴパンツに合わせている。 背景にはひまわり畑の写真。 今はいかにも作り物って感じだけど、編集すると本当にそこに居るみたいになるんだよ、とお父さんが言っていた。 お互いの腕に虫除けスプレーをかける真似をしたり、バス停の前で酔い止めの薬を飲んでる演技をしたり。 引きつってる私とは裏腹に、さっきまで青い顔をしていたはずの千聖く・・・いや、岡井さんは、お父さんの指示どおりにテキパキ動いて、ポーズを決めている。 「・・・慣れてるねぇ」 小声でそうささやくと、「もう、やるしかないって思ったら、ドキドキしなくなりました」と返って来た。 ・・・なるほど。いろいろ考え込んでしまうタイプとしては、うらやましい思考だ。 そういえば、花音も小学校の文化祭の出し物で、シンデレラ役に選ばれたとき、こんな感じだったっけ。 直前まで青い顔して「もう死ぬかもしれない」とか物騒なこと言ってたくせに、いざステージに立ったら、もう花音ワールド。 完全にナルシストな表情で「シンデレラレボリューション!」とか妙なアドリブを挟みまくって、しまいには魔法使い役の先生に怒られコントになってしまったんだった。 「ふふふ」 何度思い出しても笑えるその出来事、ふいに頭に甦ったものだから、つい吹き出してしまった。 「おっ、憂佳いいねー、笑顔笑顔!」 「ウフフ」 お父さんの声にあわせるように、岡井少年が私の顔に水鉄砲で攻撃を仕掛けてきた。 「やったなー!」 セットから少しはみ出しちゃうぐらいに、はしゃぎながらの追いかけっこ。 やりすぎたかな、と思ったけど、お父さん的にはアリだったらしく、そのまま止められることなく、しばらくはしゃいでいるうちに撮影は終わった。 「それじゃ、しばらくそこで待っててね」 お父さんたちが編集の作業に入って、私たちは隅っこに移動し、隣り合わせて座った。 「あははは」 「ウフフ」 今更ながら思ったけれど、この子は笑顔は不思議だ。なぜかつられて笑ってしまう。 「楽しかったね」 「はい」 最初の、泣いちゃうんじゃないかってぐらいに震えていた姿が嘘みたいだ。 さっきの撮影時の様子からしても、おとなしい子っていうより、単に極度の人見知りなタイプなのかもしれない。 そういう子の笑顔を引き出せたっていうのは、私にとってはとても貴重なことだった。・・・このままバイバイするのが寂しく思える。 だから、少し、勇気を出してみることにした。 「あの・・・今日はどうやって、ここまで来たの?私はタクシーで、少し遠いんだけどね・・・」 “仲良くなりたい人がいたらね、自分の話をしながら、質問するといいよ!” 年下の、ちょっと小生意気な可愛い友達の紗季が、昔そう言っていた。 たしかに、初めて紗季と話したのは“そのヘアピン可愛い!どこで買ったの?紗季のこのピンはねぇ・・・”という、とても唐突な、でも悪い気はしない不思議なとっかかりだった。 「あ・・今日は、あの、自宅から、小さい方の車で・・・」 「小さいほう。じゃあ、他にも何台かあるの?」 案の定、岡井少年も私の話しに自然に乗っかってくれた。 「昨日は時代劇を見ていて・・・」 「私はその時間は歌番組を見てたかな。時代劇、好きなの?」 「外で遊ぶのが好きです。えと・・・前田さんは」 「私はあんまり。最近はマンガばっかり読んでて、お母さんに怒られたりするんだ」 少しずつだけど、私のことも知ろうとしてくれているのがわかって、とても嬉しい。 家に車が5台もあって、メイドさんやコックさん、男の召使いさんまでいて、普通に夕ご飯でステーキとか食べちゃう、完全に私とは別世界に生きる男の子。 ・・・本当に、ここでお別れなのかな? まだ中1だから、ケータイとか持ってないし、住所や連絡先を聞いていいのかわからない。 それに、せっかくいい雰囲気なのに、変なアクションを起こして、拒否されてしまうのが怖い。社交的な紗季や花音みたいに、人と上手に関わる方法が、完全にわかったわけではないし・・・ 「前田さん?」 「あ・・・う、ううん。ごめんね、ボーッとしちゃうの、癖なんだ」 綺麗な茶色の瞳。心配そうな表情で見つめられて、私は慌てて話題を変えることにした。 「・・・そうだ。何か肝心なことを聞くの忘れてた。 今、何歳なの?私はね、12歳。中学生になったばっかりなの」 すると、なぜか岡井少年の顔がパァッと明るくなった。 「本当に?あの、ちさと・・・」 中学校の話でも聞きたいのかな?とか思っていたら、「2人とも、お疲れ様!」と声を掛けられた。 「あ・・・」 お父さんともう一人、彫りの深い顔立ちのおじさんがこっちへやってくるところだった。 聞かなくてもわかる。岡井少年と同じ、綺麗な深い茶色の瞳。私は慌てて起立した。 「憂佳。こちらは・・・」 「あ、こんにちは!あの、娘の憂佳です。えっと、いつも父がお世話になっております」 カミカミながらも、大人の口上を真似て挨拶すると、「しっかりしたお嬢さんだ」と笑ってくれた。 「うちのも、憂佳ちゃんぐらいシャキッとしてほしいもんだな。どうも、ボーッとしてて危なっかしい。な、千聖」 「もう・・・」 ほっぺたを膨らます岡井少年。結構、あまえんぼうなのかな?安心しきった顔がまた可愛らしい。 「2人が頑張ってくれたおかげで、いい写真が撮れたよ。 キッズ向けのページ、反響あるかもな」 そう言って、お父さんが1枚ポラロイド写真を見せてくれた。 商品の目薬を持ったまま、岡井少年の水鉄砲から逃げる私。 岡井少年は目を三日月の形にしている。2人とも、目じりに皺が入っちゃうぐらい、笑っている。背景のヒマワリも美しい。 あまり、自分の笑顔って好きじゃないんだけど・・・これは、何かいいなって思えた。 「ま、商品が目立ってないからボツだけど、なかなかいいだろう?」 「うん」 すると、私の手元を覗き込んでいた岡井少年が、私が手にしているポラを少し強めに引っ張った。 「ん?」 「・・・これ、欲しいです。エヘヘ、前田さんと一緒に写ってる」 言ってから、ウフフと独特な声で笑う。 何だかじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。ああ、ちょっとぐらいは、私のこと好いてくれてるのかなって。 「私も欲しいな」 「ああ、わかった。憂佳のは、あとで渡すから」 「それにしても、2人は仲がいいんだね」 岡井少年のお父さんが、しみじみした口調で言う。 「千聖は内弁慶だから、友達づくりが下手なんだよな。家族の前じゃ、妹や弟と同レベルではしゃぐくせに」 「でも、仲良くなれて、私本当に嬉しいです。あの・・・なんていうか、弟ができたみたい。男の子の、年下の友達は始めてで」 すると、岡井少年のお父さんと、うちのお父さんはいっせいに首を捻った。 「何を言っているんだ、憂佳は」 「え、だって、私あんまり男子と喋らないし・・・それに、お姉ちゃんしかいないから」 もしかして、また変な事言ったのかな。 そう考えて、岡井少年の方を見る。 「え・・・」 唇を噛み締めて、うつむいている岡井少年。 「ど、どうしたの」 「・・・ち、千聖は・・・私は」 ――あれ?今なんて・・・ 「わ、私は、男の子ではないです!」 悲鳴のような声色。 同時に、自分の血の気が引いていくのがわかった。貧血の時みたいに、頭がくらくらして、言葉が出ない。 「でも・・・男の子って・・・代役って・・・」 やっと振り絞った声に、お父さんが気まずそうに口を開く。 「どうしても、キッズモデルが見つからなかったから、千聖さんにお願いしたんだよ。 たまたまボーイッシュな格好をしていて、よく似合っていたからな」 「そんな・・・」 「それに、弟・・・って、千聖は前田さんと同じ年なのに・・・千聖は・・・」 怒ってくれればまだ良かったのに、岡井・・・さんはとても悲しそうな顔をしていた。 どうして気がつかなかったんだろう。 よく考えれば、丸くて柔らかい指も、鈴が鳴るような声も、男の子のものじゃないってわかったはずなのに。 そもそも、「さん」づけされているといった時点で、何も勘付かなかったなんて、鈍すぎるだろう、私・・・。 思い込みの強いタイプだとはよく言われるけれど、こんな形で思い知らされるなんて。 「はっはっは。 千聖、良かったじゃないか。本当の男の子に見えたなら、モデルとして、ちゃんと役割を果たせたってことなんだから。お前が幼く見られるのはいつものことだろう?いいじゃないか、老けて見られるよりは」 「いや、本当に。 凛々しくて、精悍な顔立ちをしていらっしゃる。 事前に知らなかったら、男の子だと思って撮影していたかもしれないなあ」 ――もう、やだお父さんたちったら!フォローになってないし! 案の定、その失礼すぎる会話がとどめになってしまったようで、ついに岡井さんの目から大粒の涙がこぼれてしまった。 「岡っ・・・そんな、私・・・」 謝ろうにも、言葉が詰まって何も言えない。 そうこうしているうちに岡井さんは踵を返してスタジオを出て行ってしまった。 「あ、待って・・・!」 止めなきゃ。そう思っているのに、金縛りにあったように、足が動かない。 「まったく、うちのチビすけはすぐにいじけるんだからな。憂佳ちゃん、気にしないで」 「いや・・・しかし本当に美少年のような顔立ちで(ry」 「・・・・もう、大人のばかー!!!ヘンタイ!」 ついに、私の頭が大爆発を起こしてしまった。 普段の力の入らない、フニャフニャボイスはどこへやら、自分でも引くぐらいドスの効いた声。 「へ、変態はないだろお前・・・」 「うるさいうるさい!もう知らん!帰る!」 もう、感情を抑えきれない。私は勢い良くスタジオを飛び出し、廊下へ躍り出た。 どうしよう、岡井さんどこにいるの。 控室を見ても、誰も居ない。 近くのトイレにも居ない。 私の失礼すぎる勘違いで、どれだけ傷つけたんだろう。しかも2個も・・・。 さっきの泣き顔を思い出すだけで、どんどん心臓が痛くなってきて、私の視界もぼやけてきた。 ――いない、どこにも。そんなに遠くへは行ってないはずなのに。 ついに建物を出て、雨の中ビルの周りを探したけれど、それでも岡井さんは見つからなかった。 こんなことなら、つべこべ言わずに連絡先を交換しておくんだった。 あとでパパに聞くんじゃ意味がない。今すぐに謝らないと。でも、でも・・・ 考えがまとまらない。 完全にパニックになってしまった私は、もう何をどうしたらいいのかわからず、雨の中一人で立ち尽くすしかなかった。 次へ TOP
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前へ “その声”を耳にした時、あれ?と私は小首を傾げた。 だって、どうして彼女が楽屋に?ステージ係でも演者でもないのに。いや、それ以前に・・・ 「・・・お嬢様は、いますけど~」 開けていいものかわからず、千聖お嬢様の方へ顔を向ける。 「お嬢・・・」 お嬢様は、とても厳しい表情で、扉を睨むように凝視していた。 ――やっぱり、喧嘩か何か・・・? 思えばここ最近、彼女とお嬢様は少しおかしい雰囲気だった。 私は人と人とのいざこざに、どう介入していいのかよくわからない(KYとか言われることあるし・・・)ので、見守ることしかできなかったのだけれど、今は時間が時間だし、そう悠長に構えてもいられないようだ。 「お嬢様、後にしてもらいます?」 そっと近づいて話しかけると、お嬢様はこちらを見もせずに、大きく首を横に振った。 そして、なぜかみやに視線を投げかける。 “ごめんなさい” 「え?」 確かに、お嬢様の唇はそう動いた。 踵を返したお嬢様の意図を汲み取ったように、ももが無言でドアを開ける 「・・・お忙しいところ、お邪魔いたします。まだお時間は大丈夫でしょうか?」 「・・・」 無言のお嬢様。 表情は見えないけれど、背中が強張って、痛々しいほど緊張しているのがわかる。 「あ・・・うんまだ大丈夫。どうしたの?何か急用?」 「それが、私にもよくわからないんだけど・・・お嬢様が呼んでるからって栞菜が」 「あ、そう?そっかーあ、えっと、学園来るのって初めてじゃない?珍しいねーケッケッケ」 私は場を取り繕うように、ちょっと早口で喋り続ける。 それでもお嬢様はうつむいたまま、黙ってももに肩を抱かれていて、私の声は空回りするように、虚しく部屋に響いた。 「あ・・・えっと、紹介するね!今日これから一緒にステージに立つ、もも・・・のことは知ってるか。えっと、そしたら、こっちの彼女が・・・」 そして、みやの方を振り返った私は、絶句した。 みやの顔が、文字通り真っ青になっていた。 そして、その視線を受けた彼女の大きな瞳も、信じられないものを見るかのように、さらに見開かれていく。 「・・・千聖」 ためらい、惑い。・・・非難。 いろんな思いを感じさせる、重い声で、彼女はお嬢様の名前をつぶやいた。 「どういうことなの。何で・・・」 ――ガタン 背後の音に思わず振り返ると、両手で口を押さえたみやが、奥側のドアに体当たりするようにして、出て行くところだった。 「みやび!」 そう叫んだのは、ももでも千聖お嬢様でもなく、彼女――めぐ、だった。 「え?何で・・・」 「・・・愛理、ももちゃん。みやびさんのところへ行ってあげて」 「でも、」 私の言葉を遮るように、お嬢様が漸く喋り出す。 肩に置かれたままのももの手に、一層力が篭った。 沈黙が訪れる。 めぐはお嬢様とみやの出て行ったドアを見比べ、唇を噛んでいる。 お嬢様は・・・多分、めぐの顔をまっすぐに見つめている。 「・・・愛理、行こっか」 やがて、ももが小さなため息とともに、私の方へ向き直った。 「でも」 「大丈夫だから、夏焼さん探しに行って?ステージ遅れたらお客さんにだって失礼だし」 「おおっ」 なんて、ナイスタイミング! 開け放たれためぐの背後のドアから、舞ちゃんと熊井ちゃんがひょっこり顔を出した。 「こっちは、いいから。早く」 「わかった。それじゃくまいちょーは念のためにステージの方行ってて!万が一もぉたちが遅れるようだったら、梨沙子が最前にいるから、例のAプランで!」 「おっけー」 ――あの、何のことでしょう。プランとか聞いてないんだけど・・・さすがもぉ軍団。 「あ、めぐ・・・なんかごめんね」 私は依然、立ち尽くしたままのめぐに駆け寄る。 一応、チラッと私を一瞥したものの、ほんの少しうなずいてくれただけで、めぐは何も言わない。 いつも冷静で、状況判断も的確なめぐの、そんな姿は初めて見た。 「愛理、みやびさんをお願い」 「わかりました。もも」 「ほーい」 私たちは手をつないで、楽屋を後にした。 めぐがどうしてみやのことを知っていたのか。 みやはどうしてあんなに動揺していたのか。 私には全くわからないことだらけだったけれど、考えている暇はないようだ。 “どうか、無事ステージが開幕しますように” そんな祈りを心の中で捧げながら、暗い廊下を小走りで進みだした。 次へ TOP